元気八尾再生~まちづくり達人に聴く~
様々な場面でご活躍の方々との対談を通して、たくさんの刺激を頂戴しながら、新しい八尾を創造してまいりたいと考えております。
今回のまちづくり達人
建築家 高松 伸(たかまつ しん)さん
<高松氏プロフィール>
建築家。現京都大学教授。
代表的な建築物にキリンプラザ大阪、天津博物館(中国)など。
国土長官賞、公共建築賞優秀賞をはじめ数々の建築部門の賞を受賞。
市長:今日は、お忙しい中、八尾市にお越しいただきましてありがとうございます。
八尾市のトップとして、市民の方や企業家、大学などの学識の方々とお会いし、ざっくばらんなお話をさせていただいて、その時々の話題を市民の皆さん方に発信することで、市民の方に「まちづくり」をちょっとでも身近に感じていただける、あるいはコミュニティを形成していただく中で、ひとつの知恵として参考にしていただける。そういう意味でこうした対談を始めようと思いました。これからシリーズ化をしていきたいというふうにも思っています。今回がその初回ということで、高松先生にお越しいただきました。
高松:こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます。ところで、市長は生粋の八尾ですよね。
市長:はい、生粋の八尾っ子です。八尾は、僕らのイメージからすれば、小さいとき遊んだ水路という
か、そういうのがたくさんありまして、魚や蛙、どじょうやザリガニや亀が山ほどいましたから、そういうのを取ってきては家でよく飼ったりしてましたしね。
それで、その水路とかに、はまったりしたら近所のおっちゃん、おばちゃんが助けてくれたりとか、子どもの時分にはほんとによくまちの中で遊ばしていただきました。そういう泥臭いにおいがしながら、それでも都心に非常に近くて、自然もまだまだ残っている、そんな八尾のまちに大変愛着を持っています。
今回、市長になったわけですけれども、八尾で私はこんなことがしたいねん、と色々と思っています。
まず一つは、今どこの地方自治体も金がない、その中で削減・削減みたいなところばかりなんですが、確かに削減できるところもたくさんあると思っています。僕はお金の使い方を変えたいと言っています。
要するに無駄なところは止めようやと、しかし必要なところは、例えば高齢者福祉であるとか、子どもたちの教育であるとか、あるいはまちづくりであるとか、本当に必要な部分については、やはりお金を投資していこうと考えています。八尾にはいい資源があるんですね。
たとえば、玉串川と長瀬川という農業用水路があります。
特に長瀬川なんかは自宅から近かったですから、今でもそうですが川が3本になっています。真ん中に農業用水路が走っていて、両サイドに狭い川があって、そこが工業用水というか、家庭雑排水も含めて流れていましたので、子ども心で見れば、なかなかユニークな川なんです。僕らはそこへ全身ボトボトになりながら
魚を捕ってたんですけども、柏原に繊維工場というか、染物工場がありまして両サイドの川の色が時間によって黄色い色になったり、赤い色になったり、青い色になったりと色がどんどん変わるんですよ。そんなん見てて楽しいなと、まあその当時はまだまだ環境基準が厳しくなくて、色とりどりのにぎやかなおもしろい川だなとこういうふうに思っていたんです。
玉串川は、時の首相・竹下さんの1億円ふるさと創成事業ということで、それを使って整備をしてきたという経過があります。ここの桜はすごく見ごたえがありますね。ほんとに桜があるだけで、八尾のまちなみが安らいでいくとか、市民の皆さん方からすればひとつの大きな楽しみということやと僕は思っています。
やはり、まちにも楽しみやとか安らぎやとか、それもきちっと求められるというそういう仕組みはやはり必要だと思っています。私自身、ありきたりというのはあまり好きではなく、ちょっと無理してでもちょっとおもしろいことをしようと、僕、欲張りなんですね。
環境とか、
まちとか、教育とかに、せっかく大切な税金を使うんやったら、もっと効果的な使い方をしたりとかすれば良いと考えていて、今、庁内のいろんな部局にこうし
た思いを投げかけているところです。一石二鳥、三鳥、あるいは四鳥ぐらいに有効に税金が使われへんかと思っています。
やはり市民の方が、住んでるまちを見てて楽しい、そんなんがやすらぎになってくるのかなという気はしています。市民の方も、先生も多分そうやと思っておられるかもしれませんが、行政って無駄
が多いのとちがうの、という意識は一般の市民の人には相当あると思います。法律とか条例のしばりはあるんですが、感覚的に無駄やというとこをいかに見直していくか、あるいは何とか効率化ができないのかなど、もうちょっと柔軟に、改革することによって、財源を生み出すということもありで、そしてその財源を新しい事業に使っていくという仕組みをきちっとつくらないとあかんと思っています。
高松:先ほどの市長の話で僕が興味を抱いたのは、予算もどんどん削られていると、しかしながらとはいえ、お金は使い道なんだろうという話です。
僕は、実はドイツにしばらく事務所を持っており、ドイツの様々な都市の様々な行政にずいぶん興味を持ってきましたんですけども、フランクフルトというまちは大変ユニークな行政を展開しています。あのまちは、戦後、急速に銀行を中心にした金融のまちとして、急成長を遂げたんですね。
ところが経済的な発展ばかり追いかけて、まちが非常に荒廃することになりました。そんな中で70年代過ぎたあたりですかね、ヒルマー・ホフマンという大変行政手腕のある建築家が、文化庁長官に着任されました。当時のドイツの平均的な都市の文化・芸術予算というのはだいたい3~5%だったのですが、いきなりそのホフマンさんが、まちの発展というのは文化と芸術に比例する、文化・芸術が経済を引っ張っていくんだという持論をぶち上げて、文化・芸術予算を15%に吊り上げたのです。
これは驚くべきことに全予算の7分の1を芸術・文化に使うということなのです。
フランクフルトの中央にはマイン川という川が流れています。そのほとりの旧邸宅や古い建造物のひとつひとつを改造して美術館として活用し「ムゼウムスウファー」つまり「美術館のほとり」という計画を展開していたわけです。
最終的には20ほどの美術館がマイン川のほとりに連なることになりました。徒歩で5分から10分ほどで美術館を巡り歩くことが可能なほどよい距離です。郵便美術館とか映画美術館とか建築美術館とか非常にユニークなものが点在し、それらが市民の活動を刺激しつつ今やフランクフルト随一の観光地と化していま
す。可愛らしいレストランもでき人々が着飾って散策するようになった。こんなふうになるには15年から20年かかったのですが結果的にこれによって、かつてはクランクフルト(病気の町)と言われた時がドイツで有数の文化都市に変化ししたわけです。
こんなふうな例を見ても、お金の使い方というのはある特定の目的のために集中し、
それによって刺激される市民の活動や運動が核となって連鎖的に全体を形成するという触発的、いわばチェーンリアクション的な使い方があるのではないかと思
うのです。
ちなみにホフマンは次に大量の幼稚園を建設するという施策に着手しました。この企画がまたユニークでおよそ30もの幼稚園のひとつひとつの設計を当時の国際的な建築家に委託したわけです。建築家の全てがやたらと頑張ったわけです。子供達のためですから。
結果的に作品の全てがまたもや観光名所となってしまいました。要するに何かをつくることのひとつひとつに全て芸術的文化的かつメッセージ的な意味がある。建築は単に我々が言うところの箱物では決してないということをこのホフマンさんの施策が如実に私達に伝えてくれているわけです。教育や環境もまた必ずや芸術や文化的な価値とリンクすると考えることによって施策、即ち仕掛けのデザインも大いに広がりを獲得するのではないかと考えます。
市長:今、文化の話が出ましたが、だいたい日本では、なかなかお金がなくなれば文化を削る、経費節減の出発点みたいなところがあって、僕はやはり文化1パーセント論じゃないですけれど、それぐらい最低でも使えれば良いなと感じています。
例えば、今言われたように、これからコミュニティセンターに学びに行きたいねんけれども、老朽化をしていてエレベーターがないからよう行かんと。やはり高齢になって学ぶことが楽しみやとかいうことが健康につながっていくと思ったりもするんですね。
そういう文化にお金をかけることによって、医療費が削減できたらいいんと違うかなと僕は思っています。なかなかそれの実証効果を見るというのは、難しいかもしれませんが、そういう場所で楽しんでいただけるような仕組みづくりをぜひ知恵を絞ってつくっていければと思っています。コミュニティセンターが、なかなかカラフルやなというふうに思っていただければ、いいですよね。
余談ですが、アメリカのベルビュー市と八尾市は姉妹都市提携をしているんですが、ベルビュー市の病院に入った瞬間に、えっこれが病院と驚いたことがあります。赤や青、非常にカラフルな病院だったんですね。これって本当に病院なのと、すごいカルチャーショックを受けました。色使いやデザインというのは心に響くものなので、当然病院ですから癒しがなかったらあかんし、やはり生きる力をもらう、そういう仕組みでなかったらあかんと思いました。
高松:敢えて言うならばそれは「ついでの文化」だと思うのです。
例えば市長が例に出されたところの病院にしても、その病院に通常ではあり得ない様々なついでの魅力が備わっているとすればそこに予期せぬ活動が生まれることにかもしれない。小さなコーナーがあればひょっとしてそこが子供達のギャラリーになってしまうかもしれない。
つまりついでに病院の中にギャラリーが生まれる。そんなついでの環境形成が日本人にはなかなか難しいですね。つまり、あらかじめ目的を定め、そのために予算を組んでプログラム通り作る。これが日本人の発想なんですね。目的だけでは
目的以外のものは生まれません。偶発性を呼び込む仕掛け、これがついでの文化の契機なのです。市長が体験された病院では考えられないところのカラフルな色作り。これこそ「ついでの文化」への契機となり得るのです。
ところで日本人は「ついでの文化」という知恵を実は昔から得意としているのですけれどね。
市長:先ほども言いましたが、二鳥、三鳥、四鳥と欲張りだけど、決してつけたしの文化ではなくて、ほんとにそこを意識しながらきちっとやるべきなんかなと思っています。
ところで、次世代の新たな環境とかを踏まえた、そういう教育環境みたいなものについて先生はどんなふうなイメージをお持ちですか。先ほど幼稚園の話も出ましたけども、どうでしょうか。
高松:10年ほど前に「世界こども美術館」というものを設計しました。ある市長が任期の最後になにか子供達のために残したいというのがきっかけだったように記憶しています。これを受けて私は「ジェネーレーションハウス」とでも呼ぶべき案を提示しまし
た。端的に言うと、子供達と高齢者が共に生きるための仕掛けです。
中核となる施設は美術館と定めました。例えばその美術館で世界の巨匠の子供時代の絵や巨匠が子供を題材のした絵をコレクションしたとします。それを子供達が美術の課外授業などで見に来るわけですね。そうするとその絵を誰かが説明しなくてはなりません。その役割を担うのがここでは高齢者というわけです。そうなると大変です。高齢者の方々はさ~ピカソは誰かとか、マチスはどんな一生を送ったのかとか、どんな動機で子供達の絵を描いたとか、とにかく一生懸命勉強しなくてはならないわけです。おちおち年なんか取ってられないわけです。
要するに思いもよらないものを導入することによって、それを契機として「ついで」と「ついで」が互いに触発し合うという仕掛けです。「子供のついで」が
「高齢者のついで」互いに刺激しあうことによってもしかしたら次の「ついで」が生まれることになる。
実際にこのジェネレーションハウスつまり美術館では現在世界中の子供達の絵がコレクションされつつあります。「ついで」ですね。要するに何を作るにしてもたったひとつの機能を前提としない。たとえば幼稚園を
考えるとしたら、それならば幼稚園と小学校とそして中学校を一緒にして考えたら果たしてどんな学校ができるだろうかと考える。「ついで」の集積ですね。教育のあり方は当然のことながら様々な未使用の施設なども利用して相当ユニークな展開が可能ではないかと思うのです。
市長:先生のおっしゃる「ついでの文化」というのは、僕の言葉に置き換えればそれは「欲張りの文化」。どちらも共通しているのかなと思っています。ちょっと一工夫することによって、違う形のものを生み出すことが出来る。そこから新たなコラボレーショ
ンというか、そういうものが生まれるという気もします。
何かをくっつけていくことによって、新しい未来というか、将来というか、楽しみが見えてくるという、そういう感覚が大切だと思っています。私自身、仕事も含めて楽しくなかったらあかんという主義で、楽しさの中から、やはりおもしろい発想が湧いたり、
行動ができたりするというふうに思ってます。楽しさというか、何か不思議な感じがするような、そういう取り組みを今後考え、市民の皆さんから見て、「八尾のまちがおもしろいね」とか、「変わってきたね」とか言ってもらえるような仕組みが必要なんかなというふうに思ってます。
今、先生がおっしゃった幼・小・中一貫教育なんかも、楽しい仕組みを考え、そこをまた色んな活用をしていけばおもしろいものができるかもしれませんね。やはり行政というとどうも、最初から失敗を怖れすぎる傾向があると感じています。僕は、挑戦しないともっともっと良い結果は出ないと思っています。やはり挑戦する姿勢が大切だと思いますし、市民の方もそういうふうに期待していると思っています。
高松:市長がおっしゃっている幼・小・中の一貫教育ができると、おそらく知恵のあり方ががらっとかわりますね。コミュニティについての知恵のあり方もおそら
く相当変わってくるでしょう。
例えば、思いやりについての知恵についてもおそらく子どもたちがこれまでにない知恵を持つようになる。そんな風な新しい知恵が生まれることになると思うのです。
要するに様々な違うものをある意味で結びつけてしまう、それによって何かが生まれる。そのことに賭けてみる。
だから、
チャレンジする価値があるんです。何というんですか、限られたパイの中で何かをなそうとするときは、パイの中をかき混ぜてしまう。パイを切ってすぐに一切れずつ食べてしまうんじゃなくて、一旦、混ぜ合わせる。そんなふうな仕掛けがどうも必要なんだろうと感じています。先ほどの美術館によって子供達と高齢者の方々を媒介するというような仕掛けは実は、図書館でも可能なんです。
子どもたちのために本を読み聞かさなくてはいけないと、高齢者が意識することで、
ジェネレーションハウスのようなことが起きるかもしれないんです。施設もそれぞれ単体でつくってしまうとお金も土地も2倍必要ですが、2つ一緒につくってしまうと一つの土地は余ります。そんなふうなことも含めて経済効率等をにらみながら、ある種の広がりにむけてひとつひとつを丹念にくっつけてゆくような仕掛けが必要となるかもしれませんね。
市長:ちょっと目先をかえる、あるいはちょっと冒険をしてみることによって、多分、先生がおっしゃるように、コミュニティとかいろんなものが、がらっと変わるんでしょうね。
高松:一貫校については、私もいくつかの小学校で経験していますが設計の概念そのものが通常のものとは全く異なることになります。
単純な例で言うと当然のことながら中学生が小学校を利用することがあるわけです。そうすると教室はもとより細部の寸法の考え方を全く新しく開発しなければなりません。従って自ずから相当ユニークな校舎が誕生することになります。同志社小学校を例に挙げましょう。立地は京都の風致地区ですから外観は和風です。
しかしながら内部には私がフリーシェイプと呼ぶところの曲線が多様されているわけですね。これによって外部の形からは想像もつかない相当自由な空間が生まれることになります。加えて基本的に教室の壁がありません。これによって中央の中庭とその廻りのフリースペースと教室を常にフレキシブルに共用することが可能となります。
極論するならば校舎全体がひとつの教室になってしまう。従来の箱物学校とはおよそかけ離れた小学校が完成したわけですが、これによって我々が想像もしなかった様々な使われ方が発生しています。ほんのちょっとした工夫
ではありますが建築の力はある意味非常に大きいものであることを実感した次第です。
市長:やはり地域コミュニティは大切ですよね。俗に言う市民力というか、やはり行政だけがなんぼがんばっても八尾のまちはよくならないし、やはりそこに住んでいる人たちと行政の力があわさることによって、2倍どころではない、1足す1は2ではなくて、もう3にも4にも5にもなるぐらいのパワーを発揮できると僕は思っています。
そして、これからの行政は、市民参加型とか、あるいは市民との協働のまちづくりとかって言ってまいりました。市民の皆さん方の協力なくしては、八尾の行政はなりえないと思っています。やはり八尾のまちづくりは、参加型、市民との協働が一つのキーワードと思っています。
八尾市には、学校によってはバラツキがあるんですが、地域のふれあいルーム的な、あるいはそこに市民が集うというか、そういう場所を提供しているところもたくさんあるんですけれども、僕はやはりコミュニティと教育施設が合体するということについては非常に賛成でして、互いの垣根をちょっと越えるようにチャ
レンジをしながら、学校が地域のコミュニティの一つの核となるような仕組みづくりをしていきたいなと思ってます。
今回、こうやって高松先生との対談で、特に学と官との立場でのお話の機会を得られた訳ですが、八尾は非常に大学との関連っていうのが多いというふうに思っています。
産・学・官連携といいますと、商業ベースであったりとか、技術移転であったりとか、そんな話が非常に多いんですが、行政とコラボレーションすることによって、これからのまちづくりが進んでいくということになるのかなと、今日、先生とお話をさせていただいてそう思いました。当然、各大学それぞれ専
門分野も色々ありましょうし、例えば、京都大学におかれては、八尾のまちづくりみたいなところとコラボレーションできないだろうか等々、もう色んなこと
が、産・学・官といわれている分野の中で考えられるのかなと感じています。
高松:技術移転というか、その知恵をまちづくりに移転させる。そういう仕掛けが大切ですね。
市長:大学といったらやはり、それを専門的に色々と研究していただいているわけですから、専門的なお知恵と市民の方の知恵、職員の知恵とが融合することによって、良いまちづくりができるのかなと思っています。そういうたくさんの知恵を借りながら、八尾の中を変えていく。それが、非常に大切だというふうに思っています。
高松:先ほどの、様々な違うものを結びつけてしまうという話に関連して言うならば、ある意味、いろんな分野のものを強引にぶつけてしまう、その出会いや摩擦の中で、様々なアクションが生まれると思っています。予定調和的なリンケージやネットワークではなくて、色んなジャンルの方をわりと無作為にぶつける方が、エキサイティングなクリエーションが生まれるのではないでしょうか。
市長:八尾は昔から寺内町といわれる久宝寺があり、古い町並みが残り、非常にいいまちだと思っています。そこにまちなみセンターというのがあって、寺内町に溶け込んで、調和しています。
市内にあるどの施設や建物もその地域の歴史や文化、伝統というものを取り入れながら、今、先生がおっしゃったように、様々な意見があったり、またそれらをぶつけ合ったり、あるいは色んな人がそこに来たりしてと、新しい地域コミュニティを形成する一つの核機能として発展する。そんな展開が考えられる訳ですね。
高松:そういう意味では一つ一つの施設が非常に重要です。ベルリン市で国際建築展というのが過去に開催されました。要は町中を建築の展覧会場にする訳です。仕掛けは国際コンペです。幼稚園や集合住宅など、およそベルリン市に建設されるすべての公共建築を国際オープンコンペにすることをベルリン市が決定し、果敢にもこれを実施したのです。
ただし実施にあたってはすべての案件に条件がひとつ課されることになりました。即ち、集合住宅であろうと病院であろうと限られた予算の中で必ずコミュニティギャラリーを確保しなければならないということです。
即ち建築家の知恵でそのギャラリースペースの予算を厳しい総工費の中から捻出しなければならないわけですね。
結果は大成功でした。世界中の建築家の作品がベルリン建築ツアーができるほど、観光名所化し、かつギャラリースペースを極めて積極的に市民が活用し始めたわけですね。近くにアーティストビレッジが誕生したり学校の美術の授業がギャラリーで開かれるようなことが起きてきた訳です。
この例に見るように、ひとつひとうの施設は決してただ単にそれだけの機能を果たすに終わらないということです。
例えば、市の中に既存の未使用の建築があるとする。その一部をコミュニティーをスペースとして解放することによってなにかちょっとしたきっかけで生まれ、それで少しづつ議論を呼び、そして議論の中からなにかが実るということがありえるかもしれない。このベルリンの例を見るまでもなく世界中にそのような知恵はたくさん存在しているのではないかと思うのですが。
市長:民間の建築物であっても、そこにコミュニティギャラリーという、市民開放のスペースを確保してもらうような、本当にすべての市民がそこを使えるような、そんな仕組みを仕掛けていくのが大切なんだと、今、思いました。
高松:ベルリン市は民間の開発についても、そのような条件を課したんです。民間のデベロッパーがマ
ンションをつくる場合でも容積率の緩和はありまえん。そんな中でもデベロッパーはコミュニティギャラリーつくっていかなければならない。そういう仕掛けと
いうのもほんとうに参考になると思います。
市長:知恵を出しながら市民にプラスになるように考えていく施策というのが非常に大切なんだとういうことですね。良いお話をお伺いしました。まちづくり関係では、ぜひ先生にも今後とも力を貸していただければありがたいということで、ぜひお願い申し上げたいと思います。
両者:今日は、長時間どうもありがとうございました。