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『道鏡と八尾』

[2010年12月22日]

『道鏡と八尾』


弓削道鏡のイメージ写真

 弓削道鏡(ゆげのどうきょう、?~772年)は奈良時代の高僧で、八尾市南部を拠点にしていた豪族・弓削(ゆげ)氏の出身です。「弓削(ゆげ)」という文字は、今も八尾市の地名に残っています。
 弓削道鏡(ゆげのどうきょう)は、宮中での看病に功績があったとして称徳天皇(718年~770年)からの信任が厚く、太政大臣禅師、法王と次々と重要なポストを務めたといわれています。
 称徳天皇は、平城京とは別に行幸する際の西の京(みやこ)として、現在の由義(ゆげ)神社(八尾市八尾木北5丁目)付近に由義宮(ゆげのみや)を造成するための工事を進めていましたが、称徳天皇の崩御とともにそれらは中止されました。弓削道鏡(ゆげのどうきょう)自身も政敵との争いに巻き込まれ、その地位から失脚し、その後、下野(しもつけ)国(現在の栃木県)に左遷され、称徳天皇の後を追うように、その地で生涯を終えたといわれています。

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