記念対談~プロボクサー 鈴木 哲也さん~
鈴木 哲也さんプロフィール
プロボクサー。八尾市生まれ。28歳。
元OPBF東洋太平洋ミドル級チャンピオン、
現日本ミドル級チャンピオン(防衛回数2回)。※ミドル級(72.57kg)
進光ボクシングジム所属(大阪市)。
戦績32戦24勝8敗(15KO)。
高校時代にボクシングを始め、17歳でプロライセンスを取得。
平成18年2月に後楽園ホールで日本タイトルに初挑戦。
僅差の判定負けを喫したが、平成20年12月に2回目の日本タイトルに挑戦し、3-0の判定で念願の初タイトルを獲得。
翌年8月には東洋太平洋タイトルとの2冠を達成。
現在は日本タイトルのみで、6月の3度目の防衛戦に勝利。
※対談は、防衛線の前に行いました。
テーマ 「夢への挑戦 ~あきらめずに挑戦し続けた証~」
八尾で育ち、プロボクサーとして活躍されている鈴木哲也さん。
17歳でプロライセンスを取得し、26歳のときに日本ミドル級チャンピオン獲得を果たしました。現在もさらなる夢に向かって活躍されている鈴木選手と田中市長に「夢への挑戦」について語り合っていただきました。
●ふるさと八尾 ~安らぎがあり、温かみのあるまち~
市長:今日はお忙しいところお時間をいただきありがとうございます。八尾市に日本ボクシングチャンピオンがいることを大変誇りに思っています。
鈴木:ありがとうございます。チャンピオンになり、こうして田中市長とお話ができることをとても光栄に思っています。
市長:鈴木選手は、八尾で生まれ育ち、現在も八尾にお住まいということですが、八尾にどのようなイメージをお持ちですか。
鈴木:僕にとって八尾はふるさとであり、八尾の光景は当たり前のものとなっています。近くには高安山が見え、きれいに整備された川もあり、その沿道をよくトレーニングで走っています。自然も多く残っていて、何より人の心が温かいまちだと思っています。顔なじみの近所のおじちゃんやおばちゃんからも「今度試合があったら教えてや」と気さくに声を掛けてもらい、いつも元気をもらっています。住んでいて安らぎを感じますし、これからもそうであってほしいと願っています。
市長:八尾は自然が豊富で、人情味あふれるまちです。鈴木選手を近所ぐるみ、まちぐるみで応援したくなる。また、お互いさま、おかげさまの気持ちで気軽に声を掛け合うといった、近所同士や地域のつながりが根付いた温かみのある八尾のまちがわたしも大好きです。現在、八尾市では23年度から10年間のまちづくりの指針となる総合計画の策定を進めています。鈴木選手のそういった思いもしっかりと受け止めて計画に反映していきたいと思います。
●ボクシングへの思い ~みんなの期待に応えたい~
市長:鈴木選手は現在28歳ということですが、ボクシングはいつから始められたのですか。
鈴木:ボクシングを始めたのは16歳で高校に入ってからでした。もともと体を動かすことが好きだったので、高校に入って、何かスポーツをやろうと思っていました。その当時は格闘技ブームで、よく読んでいた漫画で17歳からプロライセンスが取得できることを知って、それに魅力を感じ、ボクシングに挑戦してみようという気持ちになりました。
市長:わたしも世代は違いますが、ボクシング漫画はよく読んでいました。日本タイトル初挑戦はいつでしたか。
鈴木:23歳のときです。通常タイトル挑戦までは11~12戦ぐらい試合をしてからですが、僕はその倍以上時間がかかり、プロに入って6年目でした。
市長:ミドル級の選手は身長が180cm以上の大型タイプが多いと思いますが、鈴木選手はそんなに体が大きくない方ですよね。
鈴木:ボクシングを始めたときはスーパーライト級で体重も今より10kgほど軽かったです。一つ上のウェルター級まで体重を上げて挑戦したのですが、このクラスは選手層が厚く、体格的には不利でした。さらにチャンスを得るために、あえてミドル級まで階級を上げました。
市長:自分に不利なところで活路を見出してチャレンジした訳ですね。ボクシングはスポーツの中でも非常にハードなスポーツであると思っています。ボクシングをやっていて、一番つらかったことは何ですか。
鈴木:日々の練習や減量は確かに厳しいですが、やりたいことをやっているので肉体的にはしんどいとは思いませんでした。それよりも「プレッシャー」に耐え、打ち勝つことが一番つらいです。
プロボクサーは、トップクラスの日本ランカーに勝たないとランキングに入ることができません。ジムの方が、そのために試合を組んでくれるのですが、その期待に応えられないことが3回ぐらい続きました。
プロデビューしてからは、周囲の期待に応えるため、チャンピオンに挑戦するということを目標にしてモチベーションを高めてきましたが、なかなか結果が出せず、一生懸命応援してくれているのにその期待に応えられないという壁にぶつかり、プレッシャーに押しつぶされそうになったこともありました。
市長:ボクシングは個人の競技ですが、それまでの過程ではトレーナーや練習パートナーなどいろいろな人の協力や支えがあって、やっと試合ができるわけで、その期待に応えていくことは相当の重圧ですよね。
ボクシングを続けてこられて良かったことはありますか。
鈴木:先ほどとは逆で、期待に応えられたときです。結果を出し、みんなが喜んでくれるのが一番幸せを感じます。僕は多くの人に支えられ、見守られながらボクシングをやっています。だから、チャンピオンになったとき、達成感よりもみんなの期待に応えることができたという安心感や安堵感の方が強かったです。
●さらなる夢に向かって ~ボクシングの素晴らしさを伝えたい~
市長:鈴木選手の今後の抱負やこれからの夢は何ですか。
鈴木:まずは6月に控えているタイトル防衛戦に勝利することです。今は一戦一戦を大事にして集中しようと考えています。コツコツやっていれば、その積み上げが、より高いレベルでの戦いにつながると思いますし、より高い夢に近づけると信じています。
市長:目標をきちんと定めて、そこに向かって一歩ずつやっていくことが大事ですよね。
鈴木:夢としては、試合を生まれ育った八尾でやってみたいですね。そして将来、引退後は、八尾でボクシングジムをやってみたいと思っています。僕がこれまで経験したボクシングの楽しさや素晴らしさを伝えていきたいと思っています。
市長:ボクシングも多様化してきて、最近では、女性も参加するボクササイズといった健康づくりや仲間づくりの面でもボクシングを活用したジャンルが広がっていますよね。
鈴木:僕に夢を与えてくれるこのボクシングを、みんなで楽しめる幅広いものとして広めていきたいですね。自分を育んでくれた八尾に何らかの形で恩返ししたいと思っています。
市長:ボクシングもまちづくりも、このようにしたらうまくできるのではないかといった自由な「発想」が大事ですね。
ボクシングの戦術では、相手に接近して攻めるファイタータイプと相手から少し距離を置いて周りから攻めるボクサータイプがありますが、鈴木選手はどちらのタイプですか。
鈴木:最初はボクサータイプでした。ミドル級に変更してからは、周りの選手は僕より大柄だったので、相手の懐に飛び込んで戦うファイタータイプに変更しました。こうしたこともあって、今では相手の状況に応じてどちらのスタイルにも対応できるボクサーファイターになりました。
市長:まちづくりにおいても、実際に戦うということはないですが、距離感に限ればボクサータイプ、ファイタータイプの両方を柔軟に使い分ける必要があります。その中でもわたしは、八尾市のまちづくりにおいては、市民と行政が一体となって地域分権をより推し進めるために、市民との距離をもっと縮め、互いにはっきりと意見を言い合える言わばファイタータイプの距離感でのまちづくりが今後大切になってくると思っています。
最後に、これまでの経験を通じて、同世代の人たちにメッセージをお願いできますか。
鈴木:今、不況で就職が厳しいとか先が見えないとかよく言われていますが、あきらめないで、そんなときこそ勇気を持って頑張ってほしいと思います。勉強でもスポーツでも何でもいいから立ち向かって挑戦し続けてほしいです。
僕もボクシングをやってきて、これまでに8敗しています。実は現役チャンピオンで一番敗戦数が多い選手かもしれません。でも、あきらめずにやってきたおかげでチャンピオンになれました。今となってはこの敗戦も大きな誇りです。あきらめずに挑戦し続けた証になっています。
市長:人間は負けることで鍛えられ大きくなることができます。
鈴木:負けることは怖いですが、負けなければ得られないものもたくさんあります。
市長:今日一緒にお話させていただいて、鈴木選手は本当に気さくで八尾らしい温かみがあり、熱い思いを持った人だなと感じました。まずは6月に松下IMPホールで開かれる防衛戦に向けて頑張ってください。
そして、さらなる夢への挑戦を続けてもらい、八尾発の世界チャンピオンの誕生を心から期待しています。本日はありがとうございました。