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第4号 ~八尾にあった競馬場~

[2016年1月22日]

八尾にあった競馬場

山上鉄道のイメージイラスト

本市は昭和23年4月に5カ町村が合併して市制施行されましたが、関係5カ町村の中でも、八尾町は明治36年8月に町制施行するという古い歴史を持ちます。
 八尾町の地勢について、八尾市史では「管内旧大和川遺跡の地の稍々丘陵を為している一小部分を除いては一望平坦である」(昭和58年発行)と記しています。
この平坦地を利用して競馬場を建設し、にぎわっていた時代があったことを昭和5年7月5日付けの大阪朝日新聞の河内版が伝えてくれています。同年7月4日午前10時30分から開催された第1回大阪馬匹畜産組合主催の競馬は、大軌電車が臨時電車を走らせ、観衆は3万人を突破し、参加馬は100余頭、馬券の総売上高は15万7509円。記事中では「八尾の町は全く競馬の町と化してしまった」と評されています。この競馬場は、昭和7年に大日本帝国陸地測量部が発行した地図を見ると、現在の八尾中学校から生涯学習センター付近をすっぽり覆いこむ規模であったことが分かります。馬場・厩舎・スタンドなどを入れた敷地の総面積は4万8000坪といわれ、東京ドームの約3.3倍の広さになります。

 しかしながら、昭和14年の「軍馬資源保護法」実施に伴い、八尾の競馬場は廃止とされ、前年の秋に行われた競馬開催が実質的な閉鎖であったということです。その後、次第に宅地化されて現在に至っています。

 地方競馬の歴史に足跡を残した八尾の競馬場は、その短い歴史のせいか、資料にも乏しく、八尾市史においても1行程度の記述に終わっています。

 八尾にあった競馬場に関するポスターや写真などの情報をお持ちの人は、魅力創造室までご一報ください。

【PDFデータ】八尾魅力発見! 第4号~八尾にあった競馬場~

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記事の掲載後に寄せられたお声について

・競馬場開催日はにぎやかで、まちの様子ががらっと変わっていたことを思い出します。

・開催日が近づくと、いろんな地方から調教師や騎手の方が来られるので、宿舎もあったように思いますが、萱振の人々の家が宿泊施設や滞在場所になっていたことも多かったように思います。

・馬が走っている円周の内側には、田んぼか畑が残っていたように思う。時々レース場を横切る農家の人がいたりして、牧歌的な光景でした。

・馬が逃げ出して、楠根川のあたりで水を飲んでいる光景を見たことがあります。

                                                                                

 古い話しに加えて、期間も短いこともあり、記憶を頼りにお話ししていただきました。

 本当にありがとうございます。

 

 これからも、八尾の魅力ある地域資源を随時紹介していきますので、ぜひよろしくお願いします。

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