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第13号 高安山の旗振り通信

[2016年1月22日]

第13号 高安山の旗振り通信

 前回(市政だより8月号)、高安山気象レーダー観測所の建設決定には、高安山の利便性やレーダーの探知範囲、飲料水の確保や高圧送電線の問題など、さまざまな要素が関係していたことをご紹介しました。そこで今回は、もう一つのエピソードから高安山が果たした役割についてお話しします。

 地理的にも重要な地点であった高安山では、電話通信が普及する大正時代初めごろまで用いられていた「旗振り通信」と呼ばれる手旗信号が使われていたそうです。

 大正11年(1922年)1月にその光景を目撃した歴史学者の喜田貞吉氏が、当時の様子を次のように記しています。

 『頂上に櫓を組んで、西風の吹きすさぶ寒い中を人間が二人、一人は双眼鏡を手にし、一人は絶えず合図の旗を振っている。いわゆる信号旗なるものだ。(中略)彼らは大阪の堂島に立つ米相場を、大和のどこかの仲間に旗信号で取り次ぎしているのだという。それほどにもここは左右の見晴らしがよいのだ。天気好晴の時には電話などにも増して、立派にそれで用が弁ずるという。(中略)それにしても、ここに古く高安城が築かれ、高安の烽(急報を知らせるための合図の火)を置かれたのは、まことに適当な場所であったということを、この旗振りが証明していると思った。』

 米相場の様子を伝える旗信号にはさまざまなルートがあるのだそうですが、奈良を越えて、はるか江戸の町にまで及ぶルートもあったといいます。

 高安城にともされた烽や旗振りで伝えようとした情報から気象情報まで、伝達内容はさまざまだったようですが、人々の生活に密着した重要な情報であったことは間違いありません。通信拠点の一つとしての経過をたどってみても、現代史にも変わることのない高安山が果たした重要な役割がさんぜんと輝きます。

 秋のひととき、大阪平野を眺めながら、古代から現代に至る人々がこの山に登って脈々と伝えようとしたことに思いをはせてはいかがでしょうか。

 高安山の旗振り通信に関する情報をお持ちの人は、魅力創造室までご一報ください。

【PDFデータ】八尾魅力発見! 第13号 高安山の旗振り通信

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