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シンガーソングライター 清水翔太さん

[2009年1月12日]

ID:3129

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記念対談 シンガーソングライター清水翔太さん

清水翔太氏写真

<清水翔太(しみず しょうた)シンガーソングライター>
八尾市出身。地元大阪の音楽学校でゴスペルを学び、ソウルミュージックに魅せられたことをきっかけに作詞・作曲・編曲までこなす。平成19年秋、ニューヨークの音楽の殿堂「アポロシアター」のステージに平成生まれの日本人として初めて出演。昨年2月、シングル「HOME」でデビュー。10代のシンガーソングライターとして史上初のオリコン初登場5位を記録。

「夢に向かって ― その先に見えるもの ―」

八尾で育ち、今年20歳を迎えられた若手音楽家の清水翔太さん。幼いころから歌手になるという夢を持ち続け、昨年メジャーデビューを果たされました。

現在も夢に向かって活躍されている清水さんと田中市長にふるさと八尾への思いや夢への挑戦について語り合っていただきました。

ふるさと八尾 ~離れて分かる八尾の良さ~

市長:成人を迎えられ、おめでとうございます。音楽の分野で幅広く活躍されている清水さんが、成人式で国歌を独唱してくださるということで大変うれしく思っています。

清水:ありがとうございます。自分のふるさとの成人式に出席でき、また晴れ舞台で歌う機会をいただき、とても光栄です。

市長:さて、清水さんは幼少のころから八尾に住んでおられたということですが、八尾のイメージや八尾の良いところなど、どのように感じていますか。

清水:僕の実家の周辺は、いろいろな施設などが立ち、どんどん便利になってきました。僕は、18歳のときに上京したのですが、地元を離れて初めて見えてくるものが多くありました。大阪市内の都心部などと比べて八尾は何でもあるわけではないけど、その分、八尾にしかないものがあると実感しました。

市長:公園であったり、歩いたときに目に入ってくるまちの景観であったり、住んでいて分かる良さと、離れて改めて八尾を振り返ったときに見えてくるまちの良さってありますよね。わたしは52年間、八尾で生まれ育ちました。わたしの幼いころの八尾のイメージは、都心の近くにありながら「泥くさい」「田舎くさい」イメージがあり、でも、泥くさいけど温かみのあるまちだと感じていました。わたしは、八尾のそんなところが好きです。

清水:八尾って新しい町並みもあれば、古い町並みもありますね。ひとつひとつの景観が大事だと思います。僕もそんな八尾が好きです。

ふるさと八尾 ~自然な安心感があり、ほっとする場所~

素朴なまちであってほしい

市長:東京から八尾にはよく帰って来られるのですか。

清水:そうですね。仕事の関係上、なかなか帰って来られないんですが、正月とか大きな休みが取れたときは、できるだけ帰って来るようにしています。

市長:八尾に帰ってきたときに、心が安らぐ景色やふるさとに帰ってきたと実感するような情景などはありますか。

清水:八尾に住んでいたころ、歌やダンスの習い事をしていたので、JR八尾駅から毎日電車を利用していました。ですから、この駅に降り立ったときは、いろいろと思い出して、八尾に帰ってきたと実感しますね。JR八尾駅は僕が住んでいたころと今もそんなに変わっていないのでほっとします。

当時は、当たり前の日常的な眺めだったので気が付かなかったんですが、この前八尾に帰ってきて、駅からの景観を見ていい眺めだと改めて感じました。

市長:清水さんら若者世代から見て、ふるさと八尾の10年、20年後はどのようなまちになってほしいと思いますか。

清水:僕としては、そんなに変わってほしくないと思っています。八尾のまちには、家族や友だちがいて自然な安心感があります。これからも帰ってきたらほっとする素朴なまちであってほしいです。市内には、僕自身のいろいろな思い出のスポットがあるので変わってほしくないですね。

市長:まちづくりには、町並みを含めて、大切に残していかなくてはならないものと、つくりかえが必要な部分があります。新しい世代の人たちにふるさとを誇りに思い、安心感を持ってもらえるまちづくりを目指していきたいと思っています。

ところで、清水さんは「HOME」がデビュー曲ですが、歌詞の中でふるさとへの思いを感じさせるフレーズがありますね。この歌には、八尾に対する思いなどがつづられているのでしょうか。

清水:この曲は、八尾に住んでいたときに書いたものです。少なからず、そのときに生活していた八尾や大阪で経験した情景を思い浮かべながら書いています。これからも、「ふるさと八尾」への思いを大切にしていきたいと思います。

夢への挑戦 ~同世代へのメッセージ~

夢の実現に向け信じることが大事

市長:清水さんが音楽を始めたきっかけは何ですか。

清水:2・3歳のころから歌うことが大好きで、いつも「将来歌手になりたい」と家族に言っていました。

市長:わたしも、目標をいくつも持っていて、それを手帳などに書くようにしています。目標があって初めて頑張れる気持ちになります。

清水:僕も夢を持つことや、目標を決めることは大事だと思います。

市長:最近、若者世代が「目標がない」「希望がない」とよく言われますが、どんな時代でも目標や希望を持ち続けると、それは必ず成し遂げられると思っています。

清水:夢は誰もが自由に持てる権利であると思っています。「夢を持てない」というのは自分の可能性に気付いていない、もしくは閉ざしているんだと思います。夢の実現に向け、自分自身を信じることが大事であって、自分の夢を信じてやっていれば、夢がかなう可能性もきっと高くなります。もしかなわなかったとしても、その道のりの中で得たこと、学んだことは、その人の人生をきっと豊かにしてくれます。そういう意味でも、夢や目標を決めて、少しずつでも進んでいくことが大事ではないでしょうか。

市長:目標も、すぐにできるものから数十年後に実現できるものなどさまざまです。焦らず、常に意識を持ちながら信じてそれをやっていくことが大事ですよね。わたしは、子どもたちには夢や希望、感動を与えたいと考えています。今年の書き初めで「夢は大きく」と書きました。夢は大きく持ちながら、さらに膨らますぐらいの思いで取り組んでほしいと思います。できないということより、どのようにしたらできるのかを考えてほしいです。

清水さんの夢であり、憧れの場所であったニューヨークのアポロシアターの舞台に初めて立ったときの感覚はどうでしたか。

清水:アポロシアターに立つということはとても大きなことで、すごく緊張しました。でも、僕にとって緊張というのは、いいことなんです。積み重ねてきたものが大きいからこそ緊張するんだと思います。僕は、いつも緊張を集中力に変えて思いっきり楽しんでいます。

市長:すごいですね。日本とアメリカの舞台では違いがありましたか。

清水:ステージから見える景色は、日本のステージと基本的にそんなに変わらないです。常に自分の前にいるお客さんに自分の精一杯の音楽を表現して、何かを感じてもらいたいと思っています。しかし、海外のお客さんはとても正直で、自分のパフォーマンスが良くなければ、ステージから出されてしまいます。

そういった恐怖もありますが、本当に憧れていたステージでもあったので、楽しくやれました。最初は、日本人の18歳の少年がいきなり出てきたということで、ザワザワしていたのですが、楽しんで歌っていたら、お客さんも楽しい表情になってきて、一緒に歌い出してくれて夢のような時間でした。

夢への挑戦 ~音楽とともに自分の壁を乗り越える~

市長:音楽は人の心を奏でます。聞く人の心といかに一体化するかというのが大事ですよね。清水さんにとって「音楽」とは何ですか。

清水:音楽は自分自身そのものであり、それまでの経験などいろいろなものが積 み重なったものと思っています。僕と同世代の人たちは、これまでいろいろな大きな壁があって、これからもきっと大きな壁が出てきて、それを乗り越えて進まなければならないということがたくさんあると思います。僕自身もこれまでもそうですし、これからも越えていかなくてはならない大きな壁があると思っています。その中で、自分の支えになって、自分を奮い立たせてくれるのが、僕にとっては「音楽」であり、挑戦し続ける夢でもあります。

市長:清水さんの音楽とその挑戦する姿勢が、同世代の若者たちへのメッセージとなり、励みや支えに必ずなると思います。

清水:僕の音楽の中に、これまでの人生、たくさんの過去、感情が含まれています。これからも音楽とともに、歌とともに自分の壁を乗り越えていきたいと思っています。

市長:これからも、さらに大きな夢を持って、ますます活躍されることを期待しています。本日は、どうもありがとうございました。

 

清水翔太氏との対談写真

平成21年1月12日

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