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第9号 八尾の映画館

[2016年1月22日]

ID:20726

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八尾の映画館

出典「目で見る八尾・柏原の100年」 郷土出版社発行

 八尾ゆかりの映画といえば、八尾に在住した直木賞作家の今東光原作「悪名」シリーズ、八尾高校出身で東宝作品のプロデュースを数多く手がけた田中友幸の作品「ゴジラ」、八尾の魅力大使である三池崇史監督作品など、数多くあります。
 映画館も、市内には昭和7年ごろからあったといわれていますが、昭和30年には、八尾銀映、八尾映画劇場、日の出映画劇場、八尾松竹の4館が存在していたことが「映画便覧」(時事通信社発行「映画年鑑」1956年版別冊)に記されています。
 同書を経年で確認してみると、八尾の映画館の推移が分かります。昭和34年には八尾東映(八尾144、現在のファミリーロード内)、八尾日活(本町2・63、現在の慈願寺周辺)、若草映画劇場(駅前通北7・1、現在の慈願寺周辺)、日之出映画劇場(植松1125、現在の永畑小学校周辺)、八尾銀映(西郷町643、現在の八尾神社周辺)の5館になり、これに志紀東宝(大字弓削163、現在の株式会社万代 志紀店周辺)を加えた6館時代が到来。昭和30年代半ばは映画娯楽が最大のピークを迎えた時代でもありました。【( )内は便覧掲載住所】
 また、同書掲載の中で印象的なのは、市内のほとんどの映画館が邦画上映館であり、志紀東宝のみが洋画上映を行っていたということです。
 ところが、テレビの普及などにより映画館は急速にその姿を消していき、昭和42年には、八尾若草映画劇場(本町3、現在の慈願寺周辺)、八尾会館(本町5付近、現在のファミリーロード内)、志紀東宝の3館のみとなりました。
 映画作品は現代まで残されていますが、映画館についての記録はほとんど残っていません。八尾にあった映画館の写真などの情報をお持ちの人は、魅力創造室までご一報ください。

写真:八尾映画劇場(昭和30年代) 出典「目で見る八尾・柏原の100年」 郷土出版社発行


※志紀東宝の現在の場所について、修正しました。(平成27年6月)


【PDFデータ】八尾魅力発見! 第9号 八尾の映画館

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