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平成28年度

[2019年2月15日]

ID:43506

現地調査報告会

当日の様子

 平成28年12月11日(日)に龍華コミュニティセンターで開催した、市史編纂専門部会(近世部会)の現地調査報告会についてご紹介します。この報告会は、市史編纂の取り組みの成果を見ていただくために開催しています。
 今回は、「古文書が語る江戸時代の渋川郡」をテーマに報告をしていただきました。
※報告のくわしい内容は、添付ファイルの「現地調査報告会概要」をご覧ください。

報告1「下太子・大聖勝軍寺の開帳と太子堂」  報告者:近世部会員 山形 隆司(やまがた たかし)さん

・江戸時代、下太子・大聖勝軍寺の出開帳について

・渋川郡太子堂村の「角田家文書」からは、大聖勝軍寺の出開帳の手続きやその収支についてうかがい知ることができる

報告の様子

報告者:山形 隆司(やまがた たかし)さん

報告2「幕末の加助郷をめぐる攻防」  報告者:調査協力者 松本 充弘(まつもと あつひろ)さん

・文久3(1863)年3月、徳川家茂の約200年ぶりの上洛に際し、助郷村々の求めで、宿から遠く離れた河内国渋川・若江両郡の村々までもが、新たに助郷を課されることになった(加助郷)

・渋川郡久宝寺村の高田家文書からは、同村庄屋の高田治兵衛らが、加助郷問題の処理にあたる惣代に選出され、対応に追われたことがわかる

報告の様子

報告者:松本 充弘(まつもと あつひろ)さん

総括「太子堂村、久宝寺村の古文書を用いた二つの報告を聞いて」   報告者:近世部会長 藪田 貫(やぶた ゆたか)さん

・大聖勝軍寺が江戸で出開帳をできたということは、大聖勝軍寺が古くから聖徳太子信仰の歴史を背負い、江戸時代にはその歴史が、江戸でも知られていた証左といえる

・渋川郡久宝寺村の埋もれていた史料から、幕末期の加助郷問題というテーマを浮かび上がらせている。八尾の歴史を市外から見ることの面白さと重要性を明らかにしている

・現地調査報告会は、史料を持っておられる人の協力が大前提であり、史料の大切さを知っていただくことも、この報告会のねらい。今後、個人の家で持っておられる写真を「まちの記憶」として収集していきたいと思っているので、ご協力いただきたい

藪田 ゆたかさんの写真









近世部会長の藪田 貫(やぶた ゆたか)さん
(関西大学名誉教授・市史編纂委員・市史編集委員長)

現地調査報告会概要

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お問い合わせ

八尾市教育総務部 市史編纂室

電話: 072-924-3038

ファックス: 072-924-3785

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