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『在原業平(ありわら の なりひら)と八尾』

[2010年12月22日]

『在原業平(ありわら の なりひら)と八尾』


在原業平(ありわら の なりひら)のイメージ写真

 在原業平(ありわら の なりひら、825年~880年)は平安時代の歌人で、六歌仙の一人としてその名を残す人物です。
 在原業平(ありわら の なりひら)は容姿端麗で、情熱的な和歌の名手であったといわれ、男女の恋愛にまつわる言い伝えが各所で残っています。
 八尾市では、市内東部の高安地区にその言い伝えが残っています。
 
<業平(なりひら)の高安通い>
 在原業平(ありわら の なりひら)が大和・龍田から高安山を横断する十三(じゅうさん)峠(十三[じゅううさん]街道)を越えて、高安にある玉祖神社(たまおやじんじゃ、八尾市神立5丁目)に参拝するとき、神立(こうだち)の辻にある茶屋の娘・梅野を見初め、その後しばしばそこに通うようになりました。在原業平(ありわら の なりひら)は、来るときはいつも決まって、近くの松の木から笛を吹いて梅野に合図をし、会っていました。
 あるとき、笛を吹かずに梅野の様子をなにげなくそっとのぞくと、梅野が自分でご飯をよそっていたことから、自分でよそうことのない貴族の在原業平(ありわら の なりひら)は急に興ざめし、笛を玉祖神社(たまおやじんじゃ)に置いて帰りました。
 梅野はそれに気づき、在原業平(ありわら の なりひら)の後を追いましたが見当たらず、悲しんで近くの渕に身を投げたといいます。

 茶屋があった辻は、神立(こうだち)茶屋辻として今もその名をとどめています。梅野が在原業平(ありわら の なりひら)を追うた道も「おうと越え」といわれ、今もハイキング道として残っています。また、在原業平(ありわら の なりひら)が残したと伝えられる笛は、一節切(ひとよぎり)の笛として玉祖神社(たまおやじんじゃ)に保管されています。


※神立(こうだち)茶屋辻、玉祖神社(たまおやじんじゃ)の詳細については、次のサイトから検索できます。
  八尾市文化財情報システム (※外部サイトへ移動します)

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